世界史の目-Vol.174-

世界金融危機

 2007年夏、アメリカの低所得者層向け住宅ローン、いわゆるサブプライム・ローンに端を発するバブル崩壊が起こったことによって引き起こされた世界大不況の波は、現在においてもなお世界各国に押し寄せている。この大不況は世界金融危機と呼ばれるようになった。

 1990年代半ばより、アメリカでは住宅購入を考えていた低所得者層や、通常ではローンの審査段階でパスできない人々を対象に住宅ローン貸し付けを広めた。これがサブプライム・ローンである。住宅ローンを取り扱う銀行や住宅金融専門会社、いわゆる住専といった金融機関はこのサブプライム・ローンを積極的に広めて利用者を増やした。こうして住宅購入の客層が拡大したことにより一過性の住宅ブームがおこり、不動産業者は景気に潤った。

 このサブプライム・ローンは高金利であり、年10%以上の金利が発生した。このため債務者の返済が滞るリスクも発生するが、サブプライム・ローンは金融商品として証券化されていたため、債権を他に売却することができたので、金融機関にとっては、多大な利益を得、しかもリスクが少ないというメリットがあった。よってサブプライム・ローンの拡充を大いに努めた。2006年までには、貸付総額は1.4兆ドル(日本円で約140兆円)まで膨らんだ。
 ローンを借りた人々は住宅購入に集中した。このため超過需要となり、住宅価格は上がっていき、2000年代初頭よりも倍額まで伸びた。このため、ローンを組んだ住宅購入者は、住宅価格上昇分を担保に追加融資を受けることができ、あるいは住宅を転売してローンを返済するケースも発生した。このため、住宅ブームは加熱していく事となった。実体以上に価値が上がった住宅バブルは次第に膨張していった。アメリカにおけるバブル経済である。

 ところが、サブプライム・ローンの行き過ぎが顕在化し、返済が滞ると購入物件が差し押さえられて住居を失う問題が発生した。2006年になると住宅価格の伸びが鈍くなり、ローン返済の延滞がいっきに増加傾向をたどると同時に、ブームも翳りが見えて住宅も余り始めた。返済に失敗した金融機関の一部では資金繰りが苦しくなり、担保も無力と化して経営破綻する金融会社も発生した。2007年では格付け機関によってサブプライム・ローン関連証券の評価格下げも発表された。住宅バブルの崩壊が始まったのである。これにより株価下落や為替ドル安が起こり始め、売れなくなった証券をかかえた金融機関の破綻は加速した。そしてこれを発端として、全世界に株価下落を波及させる事態となり、ジョージ=W=ブッシュ大統領(任2001-2009.1。第43代。共和党)も事態を重く見て救済を表明(2007.8)、サブプライム・ローン問題は、国際問題と化した。2007年夏のバブル崩壊は金融危機化していった。
 2008年3月、ニューヨークに本社を置く大手金融機関ベアー・スターンズが事実上の経営破綻を発表(のち救済買収)したことで、2日間で株価が50%以上暴落するという事態に陥った。そして同年9月、同じくニューヨークに本社を置く大手金融機関リーマン・ブラザーズが赤字決算を発表し、連邦破産法適用を申請するに至った。6130億ドル(日本円で約64兆円)という史上最大の負債を抱えたリーマン・ブラザーズが経営破綻したのである。

 折しも2008年11月4日には、共和党ジョン=マケイン候補(1936生)と、ヒラリー=クリントン(1947生。2009国務長官就任)と熾烈な党予備選挙で戦い勝ち抜いた民主党バラク=オバマ候補(1961生)とのアメリカ合衆国大統領選挙を控えていた(大統領選挙の結果、オバマが当選。就任2010.1.20。第44代。民主党)。リーマン・ブラザーズの倒産でアメリカ政府は公的資金注入に関する法案も考えたが、こうした選挙前の状況をふまえ、財政負担が巨額であること、倒産は自己責任であり、公的資金投入は国民も理解を得ないことなどから9月末に連邦議会下院で否決となった。メリルリンチやバークレイズなど他の大手金融機関も不調であったため(その後メリルリンチはバンク・オブ・アメリカに買収される)、リーマンの買収相手は決まらなかった。
 ニューヨークの証券取引所におけるダウ平均株価では史上最大の下げ幅(777ドル下落)となり、この暴落は瞬く間に全世界に波及した。この局面から10月3日、緊急経済安定化法案を可決、ブッシュ大統領は同法案に署名し法案は成立した(2008.10。緊急経済安定化法)。これにより、7000億ドルの公的資金注入が決定した。しかし株価下落は続いた。10月下旬では8000ドル台まで下落した。日本でも10月8日の日経平均株価で史上ワースト3位の暴落を記録したほか(またこの日は円ドル相場も1ドル99円台となる)、各国でも株価下落は避けられず、各国大手金融機関の経営悪化が顕在化した。

 リーマン・ブラザーズ倒産によって全世界の金融機関に危機をもたらしたこの現象をリーマン・ショックと呼ぶ。そして国際社会に波及した金融危機は世界金融危機と呼ばれ、各国ともマイナス成長となり、世界同時不況に陥った。その後同月14日にブッシュ大統領を議長に第1回金融サミット(G20。ワシントン=サミット)を開催し、世界金融危機への対策を各国に呼びかけ論議したが、アメリカ大統領が交代する時期のサミットであっただけにフランスのニコラ=サルコジ大統領(就任2007.5)およびイギリスのゴードン=ブラウン首相(任2007.6-2010.5)の主導が目立った(オバマ次期大統領は出席せず。ここではサルコジ大統領による、ドルの国際基軸通貨の見直しを主張したことで話題になる)。オバマ政権となった2009年、第2回金融サミットがロンドンで開かれ(G20ロンドン=サミット)、経済成長回復が討議された。

 その後、各国の株価は回復に転じているものの、現在でも危機から脱却できてはおらず、不況の不安は続いている(2010.11.20付)。 


 世界金融危機によって、ヨーロッパではアイスランドやバルト三国の国家的財政危機も懸念されています。また2010年にはギリシャ財政危機もおこり、ユーロ圏の経済不安も深刻な状態です。今回は連載以来初めての2000年代後半の現代史で、「世界史の目」ならず「現代社会の目」のような展開でした。

 第二次世界経済恐慌ともいうべき今回の大不況は、さまざまな原因が結びついて生まれました。アメリカが発生源となったわけですが、根源は2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件からとする説や(確かに事件勃発後にニューヨーク証券取引所の株価が急落しており、その後金融緩和が行われます)、2007年の上海株式市場の大暴落から来た世界同時株安に端を発する説なども取り上げられています。いずれにしても何が原因かは決め手に欠けますが、ここでは一般的に、サブプライム・ローン問題でリーマン・ショックがおこり、金融危機に突入したと考えておけばよろしいです。

 受験世界史における学習ポイントは、今現在では取り上げることはございません。世界金融危機という言葉も、世界史の用語集では最新版で頻度数非表示で登場していますが、入試に登場するまではまだ少々時間がかかるかもしれません。あえて言うなら、首脳が沢山登場しましたので、それを覚えることぐらいでしょうか。本編に登場しなかった人物として、ドイツ首相アンゲラ=メルケル(2005.11就任)、ロシア大統領ドミートリー=メドヴェージェフ(2008.5就任)、韓国大統領李明博(イ・ミョンバク。2008就任)、中国国家主席胡錦涛(こきんとう。2003就任)、日本首相麻生太郎(あそう たろう。任2008.9-2009.9)らは当然知っておきましょう。なお、イギリス首相はブラウンに代わって、デヴィッド=キャメロン(1966生)が首相に就任しています(2010.5就任)。日本ではあれから2回首相の交代がありましたが、首相の任期って1年だったでしょうか? ....もう完全に現代社会/政治経済の学習ポイントですね。

 ちなみにサルコジ仏大統領がG20開催前に"ドルはもはや基軸通貨ではない"などの発言に加え、新しいブレトン=ウッズのような経済体制が必要だといった発言も注目されました。"ブレトン=ウッズ体制"とは、当時第二次世界大戦のまっただ中だった1944年7月に、連合国間で開催されたブレトン=ウッズ会議によって結ばれた協定による体制をいいます。その内容とは、発展途上国の開発援助を目的にIBRD国際復興開発銀行。いわゆる世界銀行)とドルを国際基軸通貨として国際通貨体制の安定化をはかるためのIMF国際通貨基金)を中心に国際経済が建て直されます。この体制ではアメリカ=ドルと各国通貨との交換比率を固定相場制に基づいて行われてましたが、1971年にアメリカ=ドルと金との交換が停止され、急激なドル下落がすすみ(ドル危機。ドル=ショック、ニクソン=ショックとも)、固定相場が維持できなくなり、1973年に変動相場制に移行したことでブレトン=ウッズ体制は終焉を迎えます。この一連の進行は世界史、日本史、現社、政経のあらゆる分野で重要項目ですので、要注意ですね。

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