世界史の目−Vol.28−

サッコ・ヴァンゼッティ事件(1920)

 第一次世界大戦(1914〜1918)中、アメリカは連合国に武器・兵器その他物資を供給して巨万の富を収め、債務国から債権国となって、政治的・経済的に国際的地位を上げた。大戦終了後は、アメリカが全世界の中心となり得て、国際協調主義が掲げられていった。
 一方で、他国には不干渉の政策をとる、アメリカ外交では伝統である国内第一の孤立主義政策もあらわれた。国際協調路線を試みた第28代大統領ウィルソン民主党。任1913〜21)の提案である「十四ヵ条の平和原則」にもとづいて、1920年1月、国際連盟の設立が実現されたが、共和党の孤立主義の勢いが強く、議会では上院で連盟加盟を拒否、連盟提唱国アメリカは連盟不参加となった。こうした保守化・反動化によって、国際協調に失敗したウィルソンは共和党に政権を奪われていった。
 国内第一の風潮は、内政重視によってアメリカ民主主義を拡大させた。1920年に成立した婦人参政権などはその結果である。経済でもヘンリ=フォード(1863〜1947)による自動車の大衆化や電話をはじめとする家電製品の普及など、1920年代は繁栄し、"強いアメリカ"を強調した。文化においてもジャズ・ラジオ・映画の流行、摩天楼の建設など、めまぐるしく発展した。

 この"強いアメリカ"といったアメリカ価値観の主張は、1919年に公布された禁酒法、1924年に制定された移民法(アジア系移民の禁止)といった保守化・反動化傾向に結びついた。白人中心のナショナリズム精神が高揚し、黒人やユダヤ人を迫害してアメリカ出生主義と白人プロテスタントの優越を主張するテロ組織クー=クラックス=クラン(KKK)の復活や、北部都市におけるワスプ(WASP。"W"はホワイト、"AS"はアングロ=サクソン、"P"はプロテスタント)による白人中産階級の台頭、さらに共産主義者あるいは無政府主義者アナーキスト。国家権力を否定し、自由な社会の完全化を目指す人。労働者の直接行動を重視)、及びこれらの同調者などを迫害する"赤狩り"の風潮も起こった。とりわけ"赤狩り"は、当時ロシア革命(1917)によって、社会主義主張のボリシェヴィキ(のちのロシア共産党)勢力の強さに反発して起こった、アメリカのヒステリックな反共政策であった。

 このような風潮の中で、1920年4月、マサチューセッツ州のサウス・ブレイントリーで,現金輸送中の金庫箱が襲撃され,製靴会社の従業員2名が射殺される事件がおこった。警察は強盗殺人事件として、2人の容疑者を捕らえた。1人は靴職人のニコラ=サッコ(1891〜1927)といい、アナーキストであった。もう1人はバルトロメウ=ヴァンゼッティ(1888〜1927)といい、魚の行商を行うかたわら、サッコと同じアナーキストだった。2人は共に1908年にイタリアから移住してきた、いわゆる移民で、第一次世界大戦への徴兵忌避、ストライキ指導などを行っていたために、"赤狩り"のターゲットになっていた。

  1921年、2人は証拠不十分のまま、無実を主張するもむなしく、裁判で死刑判決を受けた。そこで自由主義者による再審運動が起こり、運動は国内のみならず全世界に波及した。この結果州知事は請願を受け入れ、再調査を行った。しかし、"赤狩り"の風潮の中、判決は有効とされ、1927年、2人は電気椅子で処刑された。それから50年後の1977年、この「サッコ・ヴァンゼッティ事件」における再々調査の結果、この事件による判決は誤審であり、無罪であると正式に認められた。

 今週から新学年・新学期ですね。ご進学される皆様には心より祝福を申し上げます。今年度も、「歴史のお勉強」をよろしくお願い致します。

 さて、1920年代のアメリカにおける保守反動時代の渦に巻き込まれていった2人の冤罪(えんざい)事件のお話です。ウィルソン大統領のあと、ハーディング(任1921〜1923)・クーリッジ(任1923〜29)・フーヴァー(任1929〜33)と、共和党大統領が政権を維持しました。フーヴァーがアメリカ経済を礼賛して"資本主義は永遠の繁栄"と述べたことからも分かるように、1920年代のアメリカは、空前の経済発展となったわけです。その一方で、人種差別・思想弾圧が激化した時代でもあり、排斥された人たちも大勢いました。本編でも登場した移民法は、アジア系移民を帰化資格のない人種として移民を全面禁止するという内容だったため、その後の日米関係まで悪化させる原因を作った法律です。

 今回の「サッコ・ヴァンゼッティ事件」は、イタリア制作の映画でも取り上げられました。私もテレビで見た記憶があります。アナーキストの弾圧事件として、現在でも広く知られているお話です。原因となったマサチューセッツ州での現金輸送襲撃事件において、実行犯が誰であるかは諸説あり、議論が行われています。

 サッコ・ヴァンゼッティ事件は、教科書や用語集には登場しますが、入試の出題率は低いです。同事件だけでなく、20年代の国内情勢関連(婦人参政権・KKK・WASP・禁酒法)も頻繁には出題しておりません。移民法は覚えておいた方がいいですけどね(日本史では"排日移民法"として出題)。どちらかといえば、アメリカが"孤立主義"にもとづいて国際連盟に不参加となったこと、3代の共和党政権の経済繁栄あたりの出題が多いです。ところで、フーヴァーの"永遠の繁栄"は、1929年初頭に発言した言葉だったのですが、同年10月に世界恐慌になっているのですね。フーヴァーは1931年にフーヴァー=モラトリアムを発令して敗戦国ドイツの賠償支払いを猶予するなど対策を立てましたが、上手くいかなくて、結局民主党フランクリン=ローズベルト(任1933〜45)に政権を明け渡す形となりました。ちなみに3代にわたった共和党政権は自由放任主義であるということを知っておきましょう。イギリスの自由主義経済学者アダム=スミス(1723〜90)が打ち出した経済論です。個人の経済活動に国家が介入することはできるだけ避けるべきで、個人の自発性に任せれば公益は達成される、という内容です。結果共和党政権時代は経済繁栄をきわめましたが、一方で恐慌が起こった時は、政府(この場合フーヴァー政権)は、自由放任の立場から、思い切った政策ができなかったとされています。

 アナーキストという言葉が出ましたが、世界史学習において、知っておかなければならないアナーキストを挙げてみましょう。フランスの社会主義者プルードン(1809〜65)、ロシアの革命家バクーニン(1814〜76)、同じくロシアの地理学者クロポトキン(1842〜1921)の3名はよく出ます。とくにプルードンは有名なので知っておいて下さい。日本史分野では大杉栄(おおすぎ・さかえ)や社会主義者の幸徳秋水(こうとく・しゅうすい)、他には1923年に虎の門事件を起こした難波大助(なんば・だいすけ)などが挙げられます。

 最後に、"赤狩り"についてですが、世界史において、最も"赤狩り"が用いられたのは、アメリカとソ連の対立が深まった、冷たい戦争の頃でしょう。中華人民共和国の成立(1949.10.1)、ソ連の原爆保有(1949.9)、朝鮮戦争勃発(1950.6.25)などによる共産勢力の増大は、アメリカ国内における、"赤狩り"の活発化を促しました。ピークに達した1950年2月、上院議員のマッカーシー(1909〜57)は、国務省内に共産主義者のスパイがいるという発言をして、弾圧を行いました(マッカーシー旋風)。また政治家だけでなく、進歩的・自由主義的な文学者や芸能人までもターゲットにされたのです。映画俳優のチャップリン(1889〜1977)が"赤狩り"のターゲットとされ、国外追放を受けたのは有名な話ですね。日本でも、朝鮮戦争の勃発直前に、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指令で共産党員を公職追放する動き(レッド=パージ)があり、"赤狩り"は日本でも吹き荒れました。

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